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2003年10月 5日 (日)

新国立劇場バレエガラ《THE CHIC》

2003年10月5日(日) 新国立劇場 中劇場

[指揮]渡邊一正 [管弦楽]東京フィルハーモニー交響楽団

Gala:お祭り、祝祭、華やかな特別興行[三省堂 新クラウン英和辞典より]
「バレエガラ」と銘打っている以上、観る側は華やかなものを期待しますわなぁ。03/04シーズン開幕を祝うわけだし。ンが、終わってみれば、高揚感のないガラだったよ。

そもそもオケが第2部までしかいないのはどうなんだろう? 最後のカーテンコールが6人のダンサーだけってのは、すごく寂しい。ま、オケの拘束時間を考えれば、実に経済的な構成なンだけどさ(笑)。例えば、初日の昼間にゲネプロやったとしても、逆リハ(3部→2部→1部と終わりからリハーサルをしていくこと)だったら、それはそれは短い拘束時間でOKなわけで……って、そんな裏の事情を忖度してどうする?>ぢぶん

【第1部】

『シンフォニー・イン・C』
[振付]ジョージ・バランシン [音楽]ジョルジュ・ビゼー
[演出]パトリシア・ニアリー

第1楽章プリンシパル:酒井はな、マイレン・トレウバエフ
同 コリフェ:高橋有里、西山裕子、江本拓、高木裕次
第2楽章プリンシパル:志賀三佐枝、奥田慎也
同 コリフェ:寺島ひろみ、本島美和、冨川直樹、中村誠
第3楽章プリンシパル:遠藤睦子、冨川祐樹
同 コリフェ:さいとう美帆、島添亮子、グリゴリー・バリノフ、吉本泰久
第4楽章プリンシパル:西川貴子、陳秀介
同 コリフェ:大森結城、前田新奈、市川透、貝川鐵夫

To See The Music and To Hear The Dance.
バランシン作品って、ちゃんと観るの初めてかも。それなのに、時間がなくてあまり予習できなかったよ。

うわぁ、酒井はな、大人になったねぇ(すみません、彼女を観るのメチャメチャ久しぶりなので)。多少ぎこちない部分もあったが(マイレン・トレウバエフとのパートナーシップがイマイチだったのかも)、貫禄というか存在感は感じられた。
志賀三佐枝もよかった。ソフトでエレガント。ただ、オケはもっと歌ってもよかったような気がする。あと、オーボエ。「異国的な趣きを持つ主題」が泣くぞ。コリフェの本島美和がそこはかとなく印象に残る。
遠藤睦子はいいとして、問題は冨川祐樹。頼むから、コリフェのグリゴリー・バリノフと取り替えてくれー!
第4楽章の後半はだんだん人数が増えて最後は全員再登場になるため、西川貴子と陳秀介の印象が薄い(ってゆうか、もともと薄かったのか?)。

人数が多いとそれだけで華やいだ雰囲気にはなるものの、圧倒的な存在感を放つプリンシパル不足を感じる(特に男性陣)。

【第2部】

『ジゼル』第2幕よりパ・ド・ドゥ
[振付]ジャン・コラリ、ジュール・ペロー、マリウス・プティパ
[作曲]アドルフ・アダン [改定振付]コンスタンチン・セルゲーエフ

さいとう美帆、小嶋直也

さいとう美帆のジゼル。 一応、踊れてはいるけど、う〜む、これはどうなんだろう? 研修所出身だし、育てようという気持ちはわかるが……。
小嶋直也もイマイチ? ふたりの間に愛が感じられないし、ここに至る物語を踏まえて踊っているようにも見えなかった(ま、あの短い抜粋でそこまで表現しろという方が無理なのかも知れない)。

『こうもり』第2幕よりパ・ド・ドゥ
[振付]ローラン・プティ [音楽]ヨハン・シュトラウスII世
[編曲]ダグラス・ガムレイ

真忠久美子、山本隆之

真忠久美子はこの役で抜擢されただけあって、とても魅力的。ビックリしたように見開いた眼も、コケティッシュな雰囲気を醸し出していてチャーミングだし。でも、あの肌色レオタードは妙にエロエロ(何か意味でもあるのだろうか?)。とりあえず、12月の全幕を観てみよう。

『ラ・バヤデール』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥ
[振付]マリウス・プティパ [作曲]レオン・ミンクス
[改定振付]牧阿佐美

高橋有里、吉本泰久

吉本泰久は踊れてないわけではないが、ソロルには見えない。たぶん、それは高橋有里にも言えること。
ふたりとも安定感があって巧いンだけど、思いっきり物足りない。やはり、ここに至る物語を踏まえて踊っているように見えないのよ。

『ロメオとジュリエット』第1幕よりバルコニーシーン
[振付]サー・ケネス・マクミラン [作曲]セルゲイ・プロコフィエフ

志賀三佐枝、デニス・マトヴィエンコ

デニス・マトヴィエンコが若々しくてビックリ。髪の毛も無造作にしてる方がアゴが目立たなくていい(ってゆうか、アゴが気になるのは私だけ?)。志賀三佐枝はちょっと落ち着いちゃったかな。少なくとも、ふたりのテンションはあってなかったような。
第2部の中では一番よかったが、時々マトヴィエンコの踊りが雑になる。そして、オケもちょっと雑(『ラ・バヤデール』でも気になった)。

【第3部】

『ジャルディ・タンカート』
[振付]ナチョ・ドゥアト
[音楽]マリア・デル・マル・ボネ(CDでは「ボネット」と表記されることが多いが、実際には「ット」はほとんど発音されないと思われるので、この方が正しいのかも知れない……って、そんなこと誰も気にしないよ)
[演出]キム・マッカーシー [舞台美術・衣裳]ナチョ・ドゥアト
[照明デザイン]ニコラス・フィシュテル

厚木三杏、湯川麻美子、遠藤睦子、貝川鐵夫、白石貴之、山本隆之

これを観るために行ったようなものだからね。ナチョ・ドゥアトの処女作。音楽は“地中海の歌姫”マリア・デル・マル・ボネ(すべて彼女の同名アルバムの収録曲かと思っていたが、ここから使われていたのは《ルイシャ・マンテルスのうた》のみだった)。

「ジャルディ・タンカート」は、カタルーニャ語で「閉ざされた庭」を意味する。3組のデュオが、時にソロ、時にデュオ、時に群舞と構成を変え、外の世界を夢みながら、結局は自分たちの土地から出て行けない農民たちの閉息感を描き出していく。特別なストーリーがあるわけではなく、振付が詞の内容に必ずしも一致しているわけでもない。

プロフィールによると、ナチョはバレンシア生まれでカタラン人ではないので、もしかしたら、カタルーニャ語はよくわからなかったのかも知れない。んー、でも、バレンシア語はほとんどカタルーニャ語と同じだから、わからないってことはないよな……と、いろいろ想像するのはとっても楽しい(笑)。

ダンサーはよく踊ってたと思う。クラシックっぽくなることもなかったし。しかし、こちらに伝わるものは少なかったような。
何かを表現するうえで大切なのは「イメージ」と、それを具現する「スキル」。そして、より具体的なイメージを生み出すためにリサーチは必要不可欠なわけで、今回なら、音楽や振付の意味はもちろん、ナチョがイメージした土地、畑で働く農民の日常、スペインの複雑な歴史やノヴァ・カンソ運動ぐらいは押さえておきたい(もちろん、彼らはそのあたりのことも理解したうえで踊っていたのかも知れないが、私にはそう見えなかった)。

ノヴァ・カンソ運動:フランコ独裁政権下の言語統制が激しかった時代に、カタルーニャ語で歌うことを推進したシンガーや学生、知識人たちの、言ってみれば反権力運動のこと。

「我々はスペイン人ではなく、カタラン人である」
長い歴史の中で独自の伝統文化を育んできたカタルーニャ地方。しかし、当時は公共の場所でスペイン語以外の言葉を使うことは厳禁、演説や講演はもちろん、カタルーニャ語の歌を歌うことすら許されていなかった。

そう言えば、衣裳生地をわざわざネザーランドのアトリエから提供してもらってるのね。ま、衣裳クレジットもナチョだし。

ナチョ・ドゥアトとマリア・デル・マル・ボネによるコラボレーションで『Coreografies』というアルバムもあるらしい。まだ聴いたことはないのだが……。

ところで、公演プログラムの写真を見ると、ナチョは今でもなかなかに美しいおやぢよのぉ。しっかし、若い頃はメチャメチャええ男だったよねぇ(遠い目)。

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