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2004年1月31日 (土)

彩の国シェイクスピア・シリーズ第13弾『タイタス・アンドロニカス』

2004年1月31日(土) 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

[演出・芸術監督]蜷川幸雄
[作]ウイリアム・シェークスピア [翻訳]松岡和子

ロビーには鎧兜や武器、旗や透明な棺(中には透明な人形が入っている)などが展示されている。展示? その割には無造作だわ……と、思っていたが、どうやらこれらの小道具は、客席を出入りする役者のために置いてあったような。小道具類だけでなく、役者も、舞台や客席、ロビーに散らばり、思い思いに発声練習をしたり、軽い柔軟運動をしたりしている。おまけに、黒ずくめの服装で動き回るスタッフ。今回はそうきましたか?

タイタス・アンドロニカス:吉田鋼太郎
タモーラ:麻実れい
マーカス・アンドロニカス:萩原流行
サターナイナス:鶴見唇吾
ラヴィニア:真中瞳
エアロン:岡本健一
カイロン:高橋洋
ルーシアス:廣田高志
バシエイナス:横田栄司
少年ルーシアス:秋山卓也
ディミートリアス:谷田歩

舞台は白一色。上手と下手に白い壁。壁は2階建てになっていて、上階には窓があり、ちゃんと開くようになっている。舞台上にも鎧や兜。舞監の号令で中央に巨大な彫像が置かれる。ローマのシンボル《カピトリーノの雌狼》。白い壁を動かし、上手、下手、奥の三方を囲む形に設置。役者もそれぞれの鎧兜を身につけ、定位置に向かう。板付きの役者もスタンバイOK。

やがて、「スタンバイいいかい? スタート!」という蜷川幸雄の声(録音テープ)を切っ掛けに照明up、舞台奥を向いていたサターナイナスが客席の方に振り向いて第1声、「貴族諸侯、私の権利の擁護者達よ!」。

シェイクスピアの戯曲の中でも最も残酷な復讐劇『タイタス・アンドロニカス』。そこに描かれる人間の醜さや愚かさ、それは現代の我々の姿にも通じる。敢えて舞台裏を見せるという幕開けを通して、蜷川は、今回の舞台をフィクションとして提示しようとしているのだろうか? いや、むしろ、観客もローマ人=大衆として物語に参加してもらおうという意図なのだろう。そうすることで、シェイクスピアの戯曲に描かれた古代ローマと世界中で血が流れ続けている現代に何ら変わりがないことを示し、そんな時代にこの劇を上演する意味を観客に問うているのだ。

皇帝位をめぐって前皇帝のふたりの息子サターナイナスとバシエイナスが争っているローマに、ゴート族との戦いに勝利した武将タイタス・アンドロニカスが凱旋する。護民官によって皇帝に推挙されるタイタス。しかし、彼はその栄誉を前皇帝の長男に譲って忠誠を誓う。

サターナイナスはタイタスへの感謝のしるしとして、彼の娘ラヴィニアを妃に迎えると宣言するが、彼女はすでにバシエイナスと婚約していた。兄に楯突くバシエイナスと、ふたりの仲を知っていたタイタスの息子たちに奪還されるラヴィニア。ところが、サターナイナスはラヴィニアを追わず、捕虜としてその場に連れて来られていたゴート族の女王タモーラの色香に魅了され、彼女を妃としてしまう。その瞬間から、タイタスの悲劇が始まる。

「戦死した息子たちの供養のために」と、タイタスによって長男を生け贄にされたタモーラ。愛する者を奪われた彼女は、ムーア人の愛人エアロンと共に、残虐な復讐を実行していくのである……。

権力を増すに従い激しさを増していくタモーラの復讐。悲しみの極みに陥ったタイタスは、最後にこのうえなくグロテスクな方法でタモーラに復讐し、自らも死ぬ。

結局、復讐という“負”の連鎖は悲劇しか生まない。しかし、この悲劇の最後を見届けたタイタスの孫・少年ルーシアスが、エアロンの生まれたばかりの息子を抱くラストに、己の“敵”を抱いて叫び声を上げる少年の姿に、演出家は一筋の希望の光明を提示している。

吉田鋼太郎のタイタス、老将というにはかなり若々しいが、口跡もよく、ローマ最高の戦士と謳われる大きさも出ている。特に、後半、狂気を装うあたりは諧謔味も漂い秀逸。

麻実れいのタモーラ、捕虜から王妃になってしまうのも納得してしまうぐらいの美貌と色気。最初は母親としての慈愛と悲しみを身にまとい、やがて、妖艶な闇の女王、冷然な復讐の女神へと変わっていくあたりは、女の私でも惚れ惚れしてしまう。

しかし、今回の白眉は岡本健一。今までにも何度か観ているが、こんなに素晴らしかったのは初めて。黒い肌に対する差別と偏見。それ故に、権謀術数に長け、冷ややかな悪に徹し、自らの手腕を楽しむ悪魔的人物にならざるを得なかったエアロン。そんな複雑で哀れな男を色悪的魅力たっぷりに演じていた。タトゥーの入った浅黒い肌に真っ赤な衣裳もよく似合っていた。

マーカス・アンドロニカスの萩原流行、セリフ噛み過ぎ。おまけに、かなり小粒な印象。
ラヴィニアの真中瞳は、後半、舌を切られ喋れなくなってからがよかった(それって、セリフが下手ってことか?)。
去年のBunkamura シアターコクーン『ハムレット』では、誠実なホレイシオを演じ強い印象を残した高橋洋。今回は、打って変わってバカ息子のカイロンを、これまた見事に演じていた。しかも、股間は赤いリボンで隠しているとは言え、全裸姿までサービス(笑)。あっぱれ!

白を基調にした装置、衣裳(ただし、タモーラをはじめとするゴート族は黒、赤、青、緑などが使われていた)、照明。流れる血は赤いリボン(?)で表現。陰惨な話だが、不快感はない。

【補足】

●映像における『タイタス・アンドロニカス』
シェイクスピア戯曲全37作中では比較的馴染みが薄く、上演回数も少ない。理由はやはり、内容の残酷性によるものと思われる。

最近では、ミュージカル『ライオン・キング』の演出でトニー賞ミュージカル部門の演出賞に輝いたジュリー・テイモアが、1999年に映画化し評判になった。彼女が描く古代ローマは、ナチス・ドイツの面影とフェリーニ映画の爛熟と退廃が共存し、登場人物たちはレザーのコートやメタリックなドレスを身に纏う。独自のビジュアル・センスが存分に発揮された映像、それに負けないほどの存在感を放つ名優たち(アンソニー・ホプキンス、ジェシカ・ラング、アラン・カミングなどなど)。好みは別れる作品だが、私は結構気に入っている。

また、ピーター・グリーナウェイ監督『コックと泥棒、その妻と愛人』(傑作!)は『タイタス・アンドロニカス』の翻案と思われる。

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