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2004年6月25日 (金)

十一代目市川海老蔵襲名披露 六月大歌舞伎 夜の部

2004年6月25日(金) 歌舞伎座

三階席での観劇は、ある意味、拷問。「だいたいさぁ、花道が見えない構造ってどうよ?」と、思う人はたくさんいるわけで、月初のうちは、『助六』になると上手側に民族大移動していたらしい。ンが、さすがに松竹も放置プレーはまずいと思ったらしく、中日を過ぎたあたりから、客席に鎖を渡して移動を制限したり、スタッフを配置して立ち見を禁止したりするようになったそうな。それでも、この日はスタッフの目を盗んで立ち見していた年配の女性がいたけどね。前のめりじじいに苦しめられた私も立ち見したかったよ(泣)。
ってゆうか、大事な襲名興行なんだから、もっと気合入れてチケット取ろうぜ!>ぢぶん

『傾城反魂香 −将監閑居の場−』

浮世又平 後に 土佐又平光起:中村吉右衛門
土佐将監:市川段四郎
狩野雅楽之助:中村歌昇
将監北の方:中村吉之丞
土佐修理之助:大谷友右衛門
又平女房 おとく:中村雀右衛門

室町時代に活躍した狩野派の絵師・狩野元信150年忌を当て込んで書かれた近松門左衛門による時代物浄瑠璃。上中下の三段からなる“お家騒動物”らしいが、現在は、上の巻の一場面である《将監閑居の場》だけが上演を重ねている。こうなると、タイトルの意味もようわからん。

山科の閑居で隠棲している絵師・土佐将監を、弟子の浮世又平が妻のおとくを伴って見舞いにやって来る。ふたりは土佐の名字を貰いたいと願い出るが、将監はこれを許さず、生きる望みを失った又平夫婦は死を決意し、「名残の絵姿は苔に朽ちるとも、名は石魂に留まれ」と、庭先の手水鉢に精魂込めて自分の絵姿を描くと……。

襲名披露興行だけど、今月はこれが一番! 又平の吉右衛門、おとくの雀右衛門、将監の段四郎、この三者によるアンサンブルがお見事。生来の吃音ゆえに出世もままならない又平と、その夫を長年支えてきたおとくとの情愛がビンビン伝わってくる。吉右衛門も巧いンだけど、雀右衛門も愛嬌あっていいのよ。そのうえ、段四郎がこれまた立派で、今まで観た中で一番の将監かも。

雅楽之助の歌昇、北の方の吉之丞も好演。

『義経千本桜 吉野山』

佐藤忠信 実は 源九郎狐:尾上菊五郎
逸見藤太:河原崎権十郎
静御前:尾上菊之助

《吉野山》は今年のお正月にも浅草歌舞伎で観ているが、今回は菊五郎、菊之助の親子競演。

忠信の菊五郎、妙に狐度高い(特に顔)。
菊之助、意外にも静御前は初役だそうな。そのせいか、どうも余所余所しい風情が漂う。時々、玉三郎ソックリに見えて、ドキッとする。いろいろ教わっているンだろうな。

『助六由縁江戸桜』

花川戸助六 実は 曽我五郎:市川新之助 改め 海老蔵
三浦屋揚巻:坂東玉三郎
白酒売新兵衛 実は 曽我十郎:中村勘九郎
朝顔仙平:中村歌昇
三浦屋女房 お幸:大谷友右衛門
奴 奈良平:片岡亀蔵
国侍 利金太:片岡市蔵
通人 里暁:尾上松助
福山かつぎ 富吉:尾上松緑
三浦屋白玉:中村福助
髭の意休 実は 伊賀平内左衛門:市川左團次
曽我満江:澤村田之助
くわんぺら門兵衛:中村吉右衛門
口上:市川段四郎

夜の部の襲名披露狂言。正徳三年に二代目團十郎が山村座で初めて上演した時の名題は、『花屋形愛護桜(はなだてあいごのさくら)』。その時は、「助六、実は曽我五郎 」という設定も河東節の浄瑠璃もなかったそうな。現在のような形になったのは、天保三年に七代目團十郎が所演してかららしい。

ちなみに、この作品は、延宝元年に大阪で実際に起きた万屋助六と遊女揚巻の心中事件をベースにしている。つまり、もともとは上方和事だったわけで、そのことは白酒売の造形や後半に出てくる助六の紙衣姿に引き継がれている。

曾我五郎は源氏の重宝友切丸の行方を詮議するため侠客・花川戸助六となり、吉原の遊客に喧嘩を売っては刀を抜かせ、とうとう髭の意休が持っていることを突き止める。三浦屋の格子先で繰り広げられる他愛もない物語だが、吉原の風俗、助六の男達、花魁の意気地など、江戸の美学をふんだんに盛り込んだ大衆の祝祭劇であり、歌舞伎十八番の中でも最も重く扱われている。

ンが、現代における『助六』はすでに様式化し、芝居としてのリアルさを失いつつあるようにも見える。そこをどう踏み止まり、人間ドラマを立ち上らせるか? 役者の力量が問われる芝居だ。

海老蔵は、新之助時代の平成十二年一月に新橋演舞場で初演している。今回が二度目。玉三郎の揚巻とは初顔合わせになる。

あぁ、それなのにそれなのに、今月は三階席。ったく、助六の“出端”が見えないじゃんかよぉ(泣)。わかっちゃいたけど、やっぱ実際に見えないとストレス大きいなぁ。つまんねー。早く本舞台に来て下さい。

“出端”も見えなくて助六語るのもどうかと思うが(一説では、“出端”しかない芝居とも言われているし)、でも、素晴らしかったよ〜。セリフも動きもすっかり自分のものになっていて、しかも、抜き身の刃のようにギラギラしているンだな、これが。眼光鋭く、身のこなしキビキビ。黒羽二重に紫の鉢巻きもよく似合って、実に颯爽とした男ぶり。まさに助六がそこにいる! ただ、時々、現代の青年が覗く瞬間が見受けられるのよ。

通人の松助が、股くぐりで携帯電話や香水を出そうが、マフラーとサングラスでヨン様になろうが、それはあくまでも“現代の風俗”に過ぎず、舞台の上に役者自身の“現代の感覚”が現出するわけではない。ところが、海老蔵の場合、それは台詞回しだったり、身体の使い方だったりするのだが、明確に彼自身の“現代の感覚”が現れているのだ。単なる様式美に堕するのを避けるため、意図してやっているのか? それとも、未熟さ故のことなのか? そのあたりをどう受け取るかによって、海老蔵の評価も変わってくると思われ。

玉三郎の揚巻、その貫禄、その美しさ、実に堂々たる立女方である。豪華な衣裳に目を見張る。打掛は毎回新調しているらしいっすね、この方。さすがです。白玉の福助も、今回は出過ぎずよかった。揚巻付若い者が功一で、白玉付若い者が左十次郎。やっぱ、ちゃんと美形にするのね(笑)。

勘九郎の白酒売、海老蔵とはなかなかいい兄弟になっていたが、もう少し色気や品が出るといいなぁ。
ワタクシ的には、意休の左團次はどうもダメなのよ。大きさがないというか、下卑た印象を受けるというか。
口上の段四郎、門兵衛の吉右衛門、満江の田之助、仙平の歌昇など、脇役も充実。

そうそう、松緑のお尻の跡(ペタッと座った時の白粉の跡)がいつまでも舞台に残っていたので、密かに受けてしまった。

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