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2005年9月 6日 (火)

シス・カンパニー公演『エドモンド』

2005年9月6日(火) 青山円形劇場

[作]デイヴィッド・マメット [演出]長塚圭史 [翻訳]山内あゆ子
[美術]堀尾幸男 [照明]小川幾雄 [衣装]前田文子 [音響]加藤温

『トリビアの泉』や『ココリコ ミラクルタイプ』といったバラエティ番組で活躍中の八嶋智人が最初で最後の座長公演! とか、永遠のアイドル小泉今日子が出演! とか、ロックバンド〈氣志團〉のマネージャーに転身し、しばらく舞台から遠ざかっていた明星真由美が4年ぶりに女優復帰! とか、無駄な知識はあっても、作品に関する知識はまったくない状態で青山へ向かうワタクシ(笑)。

エドモンド:八嶋智人
バーテン、サクラ、質屋主人、伝道師、黒人囚:大森博史
見物人、売春宿マネージャー、フロント係、教戒師:酒井敏也
バーマネージャー、詐欺師、質屋店員、取調官、看守:小松和重
バーの男、チラシ配り、質屋客、ポン引き、警官:中村まこと
ピープ・ショー・ガール、売春婦、書記:平岩紙
占い師、ホステス、サクラ、帽子の女、看守:明星真由美
エドモンドの妻、サクラ、グレナ:小泉今日子

中央に置かれた丸い舞台をぐるりと取り囲む客席。まさに円形劇場。何もない、至極シンプルな美術。小道具は役者が持ち込んだり、床から出てきたり。客電が落ちると、舞台の下に仕込んだ照明が床の継ぎ目から微かに光り、なんつーか、プラネタリウムを逆に見ているような不思議な気分。

「あなたは、ご自分が本来いるべき場所にいらっしゃいませんね」

物語は、ニューヨークに暮らす平凡な会社員エドモンドが、占い師にこう告げられるところから始まる。
その言葉を真に受けた彼は、妻に離婚を切り出し、家を追い出され、夜の街を彷徨い歩く。そこで出会うのは、詐欺師やポン引き、ショー・ガールに売春婦。“本来の居場所”を求めていただけなのに、何故か坂道を転がり落ちるように壊れていくエドモンド。

エドモンドの八嶋智人以外は、次から次へと役を変えて登場。早替りで7人の俳優が30人近くの役を演じ分け、場面もテンポよく切り替わる。照明や音響も効果的。そういう意味では面白かったが、作品全体の印象となると、なんつーか、隔靴掻痒のような。

それはたぶん、アメリカ人が書いた戯曲で、しかも人種問題や宗教がモティーフになっているから……ではなく、主人公が抱える心の病理がすでに古くなっているからだと思われ。確かに、「本来の居場所」を求めてもがくエドモンドの苦悩はわかるが、それが「いい女と一発やりたい」に収束してしまうあたりに妙な健全さを感じてしまうのだ。

う〜む、80年代初頭って、白人男性にとっては“男”としての存在感が危うくなり始めた頃だったか?
「常に“時代”を語り、常に“時代”を映し出す鏡となる作品」は、往々にして、その時代の空気や社会背景を反映し過ぎて普遍性を失うが、本作のイマイチ感もそんなところにあるのかも。

ある意味、八嶋智人のひとり芝居(酒井敏也もプログラムでそう語っていた)。エドモンド以外で名前がついているのは彼に殺されるグレナだけ、ということからもわかるように、大抵の役は通りすがりで、感情のやり取りもないままに終わる。せっかくこれだけのメンバーを集めているのに勿体ない気もするし、このメンバーだったからこそ、何とか最後まで持ち堪えられた気もするし。

関係ないけど、Kyon2こと小泉今日子のデビューは、この芝居が初演された1982年。さすがに老けましたね〜。最近は舞台出演にも意欲的らしいが、一世を風靡した元アイドルが、何の違和感もなく小劇場に収まっていることに感銘を受ける。

「恐怖の裏側には願望が潜んでいる」

自分の人生が瓦解することを恐れるエドモンド。だが、本当は、それこそを望んでいたのだろうか? そのあたりが明確に伝わらないまま終わってしまった。最後に彼は“本来の居場所”を見つけるわけだが、そこに至る過程があまりにも唐突で、すぐに「やっぱりここじゃない」って言い出しそうなのよね。

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