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2005年10月 4日 (火)

シアターコクーン・オンレパートリー2005『天保十二年のシェイクスピア』

2005年10月4日(火) Bunkamura シアターコクーン

[作]井上ひさし [演出]蜷川幸雄 [音楽]宇崎竜童
[美術]中越司 [照明]原田保 [衣裳]前田文子

今年は「蜷川幸雄が(シアターコクーンの)芸術監督就任7年目70回目の誕生日を迎える記念すべき年」だそうな。ってことで、“NINAGAWA VS COCOON”と銘打ち、この1年で新作や新演出を4作品も上演。いやいやいやいや、恐るべき70歳だ。

佐渡の三世次:唐沢寿明
きじるしの王次:藤原竜也
お光、おさち:篠原涼子
お里:夏木マリ
お文:高橋恵子
尾瀬の幕兵衛:勝村政信
隊長:木場勝己
鰤の十兵衛、笹川の繁蔵:吉田鋼太郎
小見川の花平、飯岡の助五郎:壤晴彦
佐吉:高橋洋
お冬、浮舟太夫:毬谷友子
大前田の栄五郎:沢竜二
よだれ牛の紋太、蝮の九郎治、亡霊:西岡徳馬
清滝の老婆、飯炊きのおこま婆:白石加代子

グローブ座を模した舞台装置。開演時間が近づくと、エリザベス朝の衣裳に身を包んだ役者たちが舞台を行き来し始める。銅鑼の音と共に彼らが捌けると、代わって、肥桶を担いだ褌姿の百姓たちが舞台へ雪崩れ込み、M1−もしもシェイクスピアがいなかったら(プロローグ)を口ずさみながら舞台装置の柱を切り倒す。やがて現れたのは、グローブ座のバルコニーを背景にした天保時代の宿場町。

シェイクスピアが持つ教養主義的一面をぶっ壊すという演出家の意志と、シェイクスピアの世界を借りた仁侠物語という本作の結構が、視覚的に表現された幕開けだ。

時は天保九年、下総清滝村。旅籠を営む鰤の十兵衛には三人の娘がいた。高齢となった十兵衛は、長女お文、次女お里、三女お光の中で一番の孝行娘に縄張り身上一切合切を譲ると言い出す。それを聞いたお文とお里は、ここぞとばかりに父親に媚びへつらうが、正直者で気立てのいいお光は、控え目な言葉しか口にできずにいた。お光に跡目を継がせたい十兵衛が追従を引き出そうと脅しをかけると、その言葉を真に受けたお光は家を飛び出してしまう。それから三年……。

20分の休憩を挟んで、上演時間トータル4時間の大作。終演後はさすがに疲れた。ンが、退屈するようなことは一度もなし。井上ひさしの作品は『化粧』(渡辺美佐子による一人芝居)しか観たことなかったが、すんごい作家だということを再認識。

シェイクスピア37作を『天保水滸伝』の世界にすっぽり置き換えてしまう、その筆力。マヂで圧倒されました。しかも、それぞれの役がシェイクスピアのそれと単純に呼応しているのではなく、複数の役が統合されて出来上がっているのも興味深い。そのうえ、全編、下ネタのオンパレード(作家自身の言葉によると、それでも“無意味なエロ”は削ったそうな)。

「当時(初演は1974年)はエロに意味があったのです」

なるほど。井上なりの「シェイクスピアに対しての違和感」の表明なのね。

ンで、その戯曲を受けた蜷川幸雄の演出は、いつになくシンプル。一面の花も出てこなければ、石も降ってこない。もちろん、馬もなし(台詞にはあるのにね)。戯曲が持っているエネルギーを生かしたのか、あるいは、今年初めて歌舞伎を演出したことが何らかの影響を与えたのか(実際、歌舞伎で得たと思われる演出も散見していた)。最近、ちょっと“自己模倣”の世界に入りつつあったから、これはこれでよかったような。

出演者のほとんどが蜷川作品でお馴染みの役者。実に見事なアンサンブルで、最初から最後まで安心して観ていられる。中でも一番感銘を受けたのが、時に隊長、時に語り部を演じた木場勝己。とにかく、語り部としての居方が完璧。まさに、「舞台の進行中に、空気のようにいる」。

シアターコクーン・オンレパートリー2003『ハムレット』で、ハムレット、ガートルード、クローディアスを演じた藤原竜也、高橋恵子、西岡徳馬が再集結。似たような台詞を喋るシーンに思わずニヤリ。

木場と藤原で「to be or not to be」の歴代邦訳を次々紹介していくシーンも笑った笑った。“きじるし”を女方にしたのもGood! 所作は尾上菊之助の指導らしいが、藤原にはゾクッとするような艶かしさがあって、妙にドキドキしてしまった(笑)。ただ、今回改めて思ったのは、「役者としての身体性はまだまだ発展途上」ということ。身体の使い方がいつも同じだし、無駄な動きも多い。ベテランが多かったから余計気になったのかも知れないが、今後、どう進歩していくか楽しみでもある。

久々に観た毬谷友子は、相変わらず声が魅力的! 可憐な狂気を演じさせたら、この人の右に出る者はいないね。
そしてそして、忘れちゃいけない高橋洋。愛する女の亡骸を前にして狼狽える姿にウルウルしていたら……いきなり穴に落ちているよ(笑)。大好き。

音楽劇だとは知っていたが、電光掲示板で歌詞まで出しますか。普段あまり使わない言葉が出てくるとは言え、日本語だぞ。それはともかく、篠原涼子の歌が意外と巧かった(そう言えば、CD出していたよね?)。コンサート活動もしているだけあって、夏木マリの歌もなかなかの説得力。

ちなみに、音楽はほとんど昭和歌謡。蜷川幸雄+宇崎竜童なら仕方ないか。「いま流行っている若い人の音楽というものを、まったく無視することから始め」たらしいけど、そもそも宇崎竜童に“今”の音楽は無理でしょう。とりあえず、蜷川の世界観には合っていたから許す。ってゆうか、音楽をどうこう言う以前に、録音が酷いわけで。あんなチープな音は勘弁して欲しいなぁ。

ところで、ロビーで《天保うどん》はどうなんでしょう??? 出汁の匂いがかなりキツかったっす。

【補足】

●『天保水滸伝』
「利根の川風 袂に入れて 月に棹さす高瀬舟」で始まる『天保水滸伝』は、実在した侠客・笹川繁蔵と飯岡助五郎の対立抗争を描いた浪曲で、二代目玉川勝太郎の名調子によって広く世に知れ渡ったそうな。

なお、実際の繁蔵と助五郎については、東庄町HP【天保水滸伝(笹川繁蔵)】に簡単な説明があります(ちなみに、東庄町には天保水滸伝遺品館もあります)。

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