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2005年12月23日 (金)

ABC・FACTORY『ゆうづる』

2005年12月23日(金)&25日(日) 東京芸術劇場 小ホール1

[プロデューサー]卯埜賀寿江 [台本・演出・振付]安藤雅孝
[照明]中山仁(ライトスタッフ)[音響]上田隆志
[衣装制作]卯埜たまえ、三本早智子、小林真弓

関係者の方からお知らせをいただき、何とか今年最後の菊地研を無事に観ることができました(しかも、2回)。誠にありがとうございます。そして気がつけば、これが2005年の舞台納め。う〜む、今年もよく観たな。

つう:中島綾子
陽輔:舩原孝路
陽輔の姉 樹美:野上貴美子
侵入者 ユミ:木谷由美
    レイ:矢沼礼子
    マサ:安藤雅孝
風達:周東早苗、櫻井マリ、武政裕美、宮本亜美、竹内麻優子 
幻影のつる:高瀬美季
つうの友人:近藤可奈、久保田澄佳、横川裕子、清水洋子

ケンエモン:菊地研 (牧阿佐美バレエ団)
ケンエモンの母 ヤエ:栗原弥生
情婦 ユキ:北川由紀
   ハル:若林はるみ
偽りの患者:黒瀬まり子、栗山幸子、板橋久美
景色達:近藤可奈、久保田澄佳、高瀬美季、横川裕子、清水洋子

【第1幕】

佐渡の民話にある異類女房譚『鶴の恩返し』を題材として木下順二が書いた(正確には、戦時中に書き下ろした『鶴女房』をさらに書き直した)『夕鶴』をベースに、『白鳥の湖』のテイストを加味して(鳥繋がり?)、森山直太朗のピュアなイメージをまぶしてみました(直太朗の歌で始まった時は、一瞬、帰ろうかと思ったよ)……ってな感じの作品。

物語は、サッカー好きの青年・陽輔が、美しい鶴を助けようとして、逆に、自分の脚を怪我してしまうところから始まる。動けなくなった陽輔は心を閉ざし、心配する姉の言葉すら頑に拒む。そんな彼の前に、ひとりの美しい女性・つうが現れる。彼女の優しい心遣いに、少しずつ心を開いていく陽輔。そして、ある日突然、つうは機を織り始める……。

つうは、元・香港バレエ団の中島綾子。私は初見。割と小柄で、腕も決して長くないが、表現力は非常に豊か。動きのひとつひとつが実に雄弁。

陽輔の舩原孝路は小柄で童顔の外見も相俟って、ピュアな青年像にピッタリ。脚が不自由という設定のため、ひとりだけ動きを封じられていたが、セリフには説得力があった。ミュージカルで活躍している俳優らしいが、純粋なダンサーでは、ここまではいかなかっただろう。

ただ、このふたりが並ぶと、見た目の年齢差が気になるのよ(実際の年齢は知りません)。最初に観た時は、原作のような男女(夫婦?)の愛情ではなく、母と息子の愛情を描いているのかとも思ったが(確かに、陽輔に対するつうの態度には庇護者的な部分がある)、2回目に観た時は、また少し印象が違った。つうの方は命を助けてくれた恩人に対する一途な思い、陽輔の方は美しい年上の女性に対する憧れ、かな。

陽輔の姉・樹美の野上貴美子はセリフも結構あったので、もしかして女優? 踊るシーンではムーブメントがダンサーのそれとちょっと違っていた気もするし(間違っていたら、すみません)。

名前は不明だが、風達の中ですんごく印象に残ったダンサーがひとりいたの。優雅で洗練された動き、しかも、その隅々にまで情感がこもっていて、と〜ってもよかった。

【第2幕】

2幕は『白鳥の湖』の世界観で幕を開ける。
金持ちのぼんぼん・ケンエモンとその母親・ヤエをジークフリード王子と王妃に模して、舞踏会のパロディ。そこへ乱入してくるのが、3人組のユミ、レイ、マサ。彼らが連れて来たつうに一目惚れしたケンエモンは、彼女に猛然とアタック。それを見た3人組は、ある計画を立てる……。

ケンエモンの菊地研、登場シーンでいきなり高い回転(トゥール・ザン・レール?)を見せて、客席を沸かせる。頼もしい。時々、ジャンプの着地が流れたり、サポートが不安定だったりしたが、シャープでキレのある爽快な踊りがたっぷり観られたので、ワタクシ的には満足満足。

衣裳はレース模様の黒いシャツに黒いパンツ。跳び上がる拍子にシャツが捲れて見え隠れする腹筋がセクシー(笑)。何かまた大人っぽくなった? 衣裳に合わせて左耳には黒いピアス。シルバーのイヤーカフもしていたかも。クラシックじゃないから、そういうお洒落もOKね。途中で白衣を羽織るシーンもあって、それがまたよく似合っていたわ〜。

音楽がまんまチャイコフスキーだったので、ジークフリード王子を踊る菊地を、一瞬、夢想する(ダメですか、来年?>牧バレヱの芸術監督)。

景色達の可愛らしい雰囲気が妙にツボ。皆さん小柄で、テクニック的にも安定していて、和む和む。
ヤエの栗原弥生が凄みのある母親を好演。

ABC・FACTORYとは、「A(art)全ての芸術、B(ballet)バレエ、C(collaborate)共同して創りあげる、F(factory)工房という思いを込め」た命名で、「バレエを表現の基盤としながら、その枠に囚われることなく、いろいろな分野の方々と舞台芸術の可能性を探って作品を創作」しているそうな。その志はわかるが、果たして、結果がついてきているかというと、ちょっと微妙。

原作の『夕鶴』は、愛情とお金、つまり、精神と物質との間で葛藤する人間の姿がテーマになっている。与ひょうは惣どと運ずの甘言に乗って、つうに機を織ることを強要する。自然経済に生きていた与ひょうが貨幣経済に目覚め、その結果、彼はつうを失う(「覗いてはいけない」という約束を破ったこともあるが)。しかも、木下順二は、自然経済と貨幣経済の対立を、言語の対立に置き換えているのだ。貨幣経済に生きる惣どと運ずの言葉をつうは理解できないし、同じく、ある瞬間から与ひょうの言葉も理解できなくなる。そうした原作の構造を、台本・演出・振付の安藤雅孝がどこまで理解していたのかは疑問が残る。

また、2幕は畳み掛けるような展開で、一見、面白そうなのだが、よく考えてみると曖昧な部分が多い。

例えば、つうが機を織る理由。1幕で機を織る理由もよくわからないが、2幕で彼女が機を織るのは、「陽輔の脚を治すため」となっている。ンが、彼女は医者が偽物(ケンエモンが扮している)だと気づいているのだから、いくら布を売って金を積んでも脚が治らないことはわかっている。しかも、機織りを強要するのは姉の樹美やケンエモンたちであって、陽輔ではない。それなら、何故、彼女は機を織るのか?

例えば、つうに一目惚れしたケンエモンの目的は、結局、どこにあったのか? 彼女を手に入れたかったのか? それとも、ただ単に金儲けがしたかっただけなのか?

さらに言えば、幕開けで舩原が観客に向かって「劇場へようこそ!」と語りかけることで芝居が始まるが、そのメタ・シアター的仕掛けは、一体、どこへ行ったのか?

あと、出演者の名前を捩っただけの役名も如何なものか? キャラクターを形作るものなんだから、本来ならもっと考慮するぞ。

……とか何とか言いながら、菊地研が素敵だったので、すべてよし(笑)。最終日のカーテンコールなんて、ハジけまくりだったンだから〜。勢いよく駆け込んで、まずは開脚ジャンプ! その後も跳んで回って、ひとりでブラボーもらっておりました。

あ、そうそう、全体的に衣裳はよかったかな。

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