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2008年2月 2日 (土)

祭のあと

あー、もう2月になっちゃったよ。早いもので、今年も残り11ヶ月(笑)。

ってことで、コルプに関して思いつくまま書いてみました。人は見たいものしか見ないし、そもそもステージと客席の間には深い深い溝が横たわっているわけで、これはもう、独り言以外の何物でもありません(ま、このブログ自体そんなもんですけど)。

コルプをコルプだと認識して観たのは2003年6月、新国立劇場バレエ団にゲスト出演したヴィシニョーワとの『パキータ』。その時、「コルプって、あのカマっぽいダンサーだよな(す、すみません)」と思った記憶はあるので、その前にどこか、2000年のキーロフ・バレエ来日公演あたり? で観ている筈。

全然覚えていないけど……半券残っているし……たぶん……。

いや、ま、だって、その頃は、海外バレエ団の来日公演を年1〜2回、劇場の雰囲気が好きという理由だけで新国立劇場バレエ団の公演を年1〜2回観るぐらいだったから、誰が誰だかわからなかったンだもの。
それはともかく、『パキータ』。ヴィシニョーワに精彩がなかったのは鮮明に覚えている。

コルプは……えっと……髪型が恐ろしくダサくて……えっと……えっと……やっぱりカマっぽかった(爆)。

なんつーか、ヴィシニョーワのパートナーとしてはやや線が細く、サポートにも少々不安が感じられ、やたらクネクネ踊っていたな、と。「クネクネ」と言ってしまっては身も蓋もないけど、あの時は、彼の魅力のひとつである柔軟性を細部まで完璧にコントロールできていなかったのかも。
だから、その次に観た『白鳥の湖』は驚愕の一言。2005年1月の新国立劇場バレエ団へのゲスト出演。パートナーはまたしてもヴィシニョーワ。

お伽話の世界をポーンと飛び越えた、実に、実に実に瑞々しい王子で、「この人、もしかしたら、すげー大化けするかも知れない」と思ったものでした。はい。

その日を境に、コルプは「ヴィシニョーワについてくるから仕方なく観るダンサー」から「機会があれば観ておきたいダンサー」に昇格。
そして、マリインスキー・バレエ来日公演やら《ルジマトフのすべて》やら《ボリショイ・バレエ&マリインスキー・バレエ合同ガラ》やらを経て、キエフ・バレエとレニングラード国立バレエ来日公演におけるコルプ祭。気がつけば、彼がゲスト出演した10公演すべて観てしまったよ。あはは。

コルプ祭で改めて思ったのは、彼が、透徹した理性と繊細な感性、その両方を兼ね備えている人だということ。
理論派らしく、パートナーやプロダクションによってアプローチをきちんと見直しているようだけど、そうした姿勢の根底には、彼自身の誠実さ、作品に対するきめ細やかな心配り、あるいは、役柄に対するひたむきさが感じられる。
さらに、高度な物語性と「オクシモロン(矛盾形容法)の比喩でしか表現できない」ような複雑な様相を持ち合わせ、時に、人の無意識に働きかけて感情を増幅させるようなパッションをも発する。

いやいやいやいや、ただ単に妖しいフェロモンだだ漏れさせているだけの人じゃなかったのね〜。

しなやかな獣を思わせるムーヴメント。
絶望と虚無を湛えたかのような虹彩の薄いブルーの瞳。
軽やかでありながら肉体の重さも感じさせる跳躍。

自分だけのスクリーンに定着された、とびっきりのパフォーマンスの、とびっきりの記憶。それらの記憶をいつまでも褪色させぬまま、私は生きていく。

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †

ところで、調べてみたらコルプは1977年生まれだそうで。

……そうですか、市川海老蔵と同い年ですか。

真っ当なバレエファンにはどうでもいいことでしょうけど、ワタクシ的には妙に受けてしまいました。

【追記】
この後に出た雑誌やお送りいただいたメールによると、彼の生年は1978年が正しいようです。

【さらに追記】
いつの間にか公式サイトのBIOGRAPHYが詳しくなっていて、結局、1977年生まれでよかったみたいです。たいへん失礼いたしました。

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