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2009年1月 8日 (木)

レニングラード国立バレエ −ミハイロフスキー劇場−『ジゼル』

2009年1月3日(土)〜30日(金) Bunkamura オーチャードホール ほか
http://www.koransha.com/

ジゼル:オクサーナ・シェスタコワ
ミルタ:イリーナ・コシェレワ
ぺザント・パ・ド・ドゥ:タチアナ・ミリツェワ、アントン・プローム
ドゥ・ウィリ:マリア・グルホワ、ユリア・カミロワ
7日と違うキャストのみ

昨日とは打って変わって、ガラガラでした、客席。こんなもんなのかなぁ、このバレエ団とコルプの集客力って。う〜む。
今日の席はメチャメチャ前方のど真ん中。ダンサーや指揮者の息遣いがハッキリ聴こえて、それはそれで楽しかったけど、見たくないものも見えたりして(笑)。

シェスタコワとコルプって、やっぱ相性いいわ〜。昨年の『バヤデルカ』『白鳥の湖』同様、見応えのある舞台でございました。

1幕。シェスタコワは清純で可憐でテクニック的にも満足できるジゼル。コルプは今日もノーブルなアルベルト。昨日よりも優しさや慈しみに溢れた接し方ではあったけど、人物造型にそれほど違いはなかった。

狂乱の場はかなりドラマティック。甘い甘い砂糖菓子がホロホロと崩れていくようなジゼルで、正気と狂気を往還する様がやけにリアル。リアルと言えば、母親に見つからないようアルベルトの背後に身を隠す時も、スカートの裾をきちんと畳み込んだりして、シェスタコワの演技は細かい。神は細部に宿る、ってか?

ハンスのオマールは大根なんだね。プロポーションには恵まれているンだから、もっと頑張って下さいな。
ぺザント・パ・ド・ドゥはミリツェワとプローム。舞台に近いせいか、細かいミスが目につく。特に、ミリツェワはいつもの安定感に欠けていた。ンが、笑顔は相変わらずキラッキラ。shine

2幕は昨日とガラッと印象が変わる。それはまるで、アルベルト再生の儀式のよう。悔恨の念に責め苛まれるアルベルトに再び生きる勇気を与えるための(あー、自分で書いていて恥ずかしい)大切な儀式。そんなことを思ってしまったのも、男女の愛など軽々と超越した“絶対の愛”“至上の愛”をシェスタコワに感じたから。
とにかく、浮遊感が半端じゃなくて、それだけでもう、超自然的な存在であることを観客に納得させてしまう。そして、劇場全体を包み込むほどの、それはそれは大きな存在感。いや、もう、ほんっとに素晴らしかったです。はい。

それだけに、あのラストが自分の中では巧く整理できなかった……。
てっきり静謐な幕切れが待っている思っていたら、「アルベルトが百合の花束を放り投げて、舞台の中央で激しく慟哭して幕」だった。昨日は「ジゼルの墓に突っ伏して幕」だったから、コルプの中で解釈の違いはあると思うンだけど、そのあたりがイマイチよくわからん。ジゼルの愛によってひと時の安らぎは得られたものの、改めて彼女の不在を思い知らされ、悲嘆の涙にくれる……って、感じなのかしらん?
踊りに関しては、昨日の方がよかったと思われ。今日もそれなりにまとめてはいたけど、優美さに欠ける場面が、時折、見受けられた。

ミルタのコシェレワはひとりで踊っていると弱々しそうなのに、ウィリたちを従えた途端、見事なリーダーシップを発揮。
それにしても、昨日のクテポワはプロポーションだけはマリインスキー規格だったのぉ。

新演出でひとつだけ気になったのは、2幕、お墓の手前で片膝を立てたアルベルトにジゼルがアラベスクで寄り添う振付がなくなっていたこと(ちなみに、昨日はやっていた)。何故?

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