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2012年7月 7日 (土)

新国立劇場 マンスリー・プロジェクト 7月

2012年7月7日(土) 新国立劇場 小劇場
http://www.nntt.jac.go.jp/

演劇講座 ハロルド・ピンターの世界
講師:喜志哲雄(京都大学名誉教授)

ハロルド・ピンターの『誕生日のパーティ』や『背信』をJ・B・プリーストリーの『警部来訪(夜の来訪者)』と比較しながら、ピンターの読み方をわかりやすく解説。講師の喜志先生は声にも張りがあり、70代後半とは思えぬ若々しさでございました。
遠慮がちに宣伝していた自著。高いっす。

ピンターは伝統的なリアリズム劇の現実感を批判した劇作家であり、彼の作品を不条理劇と呼ぶことを自分は好まない。

「わからない=不条理」とすることで安心する。むしろ、わからなくて当たり前。人間の想定はかなり行き届いているものだと考えるのは思い上がり。例えば、殺人事件の動機にしても、果たして、そんなに簡単にわかるものだろうか? 人間は理性的な振る舞いをしないことも多い。

作家・評論家のフォースター(E・M・フォースター)は『Aspects of the Novel』において、ストーリーとプロットの違いを次のように説明している。

ストーリー ⇒ 王は死んだ。それから王妃も死んだ。
プロット  ⇒ 王は死んだ。そして王妃は悲しみのあまり死んだ。

つまり、プロットとは因果関係に重点を置いたもの。だが、「悲しみのあまり」は解釈に過ぎない。ピンターは解釈抜きの世界を提示した。現実は人間に理解しきれるものではない。それこそが真のリアリズム。

伝統的なリアリズム劇では、言葉は意味内容の次元に留まっている。現実では、意味内容以上にサブテキスト(裏の意味、含蓄など)が重要になってくる。ピンターは意味内容を排除し、サブテキストのみで表現しようとした。

言葉は欠点だらけだが、それでもピンターは言葉を信じていた。

最後は恒例の質問タイム。

──今回の演出では不穏な音が流れていましたが、戯曲の指定は怪しげな声でした。その変更をどう思われますか?
「ピンターは性的な意味合いを含んでいましたが、演出の深津(篤史)さんは、私が思うに、不穏な音で全体を監視するような超越した世界を表していたのではないでしょうか」
「劇中で描かれる大量殺人はギブズが患者をリードして行われたものと思われますが、たとえギブズが権力を握ったとしても、いずれは彼も殺されるでしょう」
「舞台となっている施設は国営の精神病院で、反体制的な人間を閉じ込めているのではないでしょうか。そう考えると、国家権力が大量殺人によって都合の悪いことを消そうとしたとも考えられます」

──セットが穴のようにも見えるのですが、ピンターと何か関係がありますか?
「それは、演出の深津さんや美術の池田(ともゆき)さんに訊いていただかないと……。ただ、今回の上演は気に入ってます。もしピンターが観たら、彼もきっと面白いと言ったのではないでしょうか。穴はともかく、密室とは言えますね」

──『背信』にイェイツ(ウィリアム・バトラー・イェイツ)の話が出てきますが、どういう意味があるのでしょうか?
「ロバートは、自分の方がジェリーより優れていることを、イェイツを引き合いに出すことで表現しています。言わば、ライバル関係を象徴するものです」
「ちなみに、私は上演台本と翻訳台本は違うものと思っていて、今回もかなり手を入れています。もし『背信』を上演するなら、イェイツの処理はたいへんでしょうね」

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