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2013年7月10日 (水)

新国立劇場 マンスリー・プロジェクト 7月

2013年7月10日(水) 新国立劇場 小劇場
http://www.nntt.jac.go.jp/

トークセッション 別役実の世界
出席者:別役実(劇作家)/扇田昭彦(演劇評論家)

舞台を埋め尽くす古着(現在公演中である『象』の舞台美術)の中を、ゆっくりご登場の別役実氏。片手に杖。何でも、昨年、パーキンソン氏病症候群になられたそうな(図書新聞にご自身で書いておられます)。聞き手は演劇評論家の扇田昭彦氏。例によって、記録ではなく記憶です。

──今回、改めて観て、エネルギーのある、かなりしつこい作品だと思いましたが、若い頃に書かれたからですかね?
「若い頃なので、確かにエネルギーはあった。しつこい作風なのは、説得力をつけないといけないという焦りもあったのではないか」

──別役さんが影響を受けたドストエフスキーやカフカもしつこいですよね?
「演出家の鈴木忠志もしつこい。ずいぶんやり合った」

──『象』は1962年初演です。初演版と改作版とふたつテキストがありますよね?
「改作版には通行人が戦うシーンを加えただけ」

──本作に出てくる〈病人〉には被害者意識が少なく、むしろ、ケロイドがアイデンティティになってさえいます。
「当時、ケロイドを見世物にする“ケロイド1号”という人がいて、写真家の土門拳がわら半紙の写真集を出したりしていた。それを見て書き始めた。ケロイドを売り物にすることへの非難が集中していたので、それに対する反発、怒りがあった。身体的欠陥を売り物にする人は昔からいたし、そういう形での自己アピールに僕は感動させられた」

──被爆者である〈病人〉の自己劇化がユニークであり、タブーでもあった。それを書いてしまうというのは、非常に大胆ですよね?
「書いている時は意識していなかった。ただ、別役は原爆が落ちたことを喜んでいると言われたことはあった」

──被爆者からの反応は?
「なかった」

──演劇界の評判は?
「酷かった。雑誌発表したことで、マニアックな人たちからは賛美された。ただ、その後しばらく、『象』には及ばない、と言われ続けることになる」

──いきなり傑作を書いてしまったわけですから、『象』を基準に語られてしまいますよね。新国立劇場での初演(2010年3月)パンフレットで、長らく上演したくなかったし、読みたくもなかった、と語っていましたが、それはどうしてでしょう?
「自己告白文体から対話文体へと、文体が変わったのが大きな理由。深津(篤史)君の演出で、ようやく楽に観られるようになった」

──〈病人〉と〈男〉は対照的な設定になっています。
「そう設定することで、批評的になる」

──冒頭に出てくる〈男〉のモノローグは印象的です。“月”に対応する存在として“さかな”が出てきますが、あまりいい意味で使っていないように思えますが……?
「“さかな”は死のシンボル。満州からの引揚者である自分にとって、満州は渇いていて、日本は湿っている。水の中に潜んでいる“さかな”と共存する精神と峻別する精神の葛藤があった」
「日本は緑が濃い。それが自分には圧迫感となり、息苦しく感じられる。自分だけかと思っていたら、引揚者の文学者に同じような人がいた」

──別役さんは田舎より都会が好きですよね?
「自然というものが峻別されないと気持ち悪い。登場人物に名前を付けないのも、名前は自然をバックグラウンドにしているから。名前を付けてしまうと、風景が浮んでしまう。演劇的に不純に思える」

──必ず電信柱が出てくるのは?
「満州の風景だと指摘されたことがある。劇団にお金がなかったこともあるけど、満州の原風景に影響されているのかも」

──ベケットは1本の木、別役さんは電信柱。どちらも垂直に立つものが出てきます。
「水平線と垂直線。それと、時間の流れ。それらを拠り所にして書いている。ベケットが基本線。空間の作り方も動かし方も飽きない。イプセンは求心的な空間。対して、ベケットは遠心的な空間。それが近代劇と現代劇の違い」

──電信柱の上空には風が吹いている気がします。人工的な構築物だけではない何かを感じます。
「一種の依り代。日常生活の細やかさが宇宙と対応することで、より劇的に見えてくる」

──前に、『象』はアーサー・ミラーの影響も受けていると語っていました。
「台詞回しは影響を受けている。〈病人〉は『セールスマンの死』の主人公ウィリー・ローマンと対応している。アメリカ演劇は華やかで魅力的。大なり小なり影響は受けている。艶っぽい。密かな憧れがある。唐十郎もテネシー・ウィリアムズの影響を受けている」

──唐さんも、別役さんも、清水(邦夫)さんも、『ガラスの動物園』のローラの影響は受けていますよね?
「そうですね。かつて、ローラとブランチ(『欲望という名の電車』のヒロイン)のどちらがより印象に残るか、という議論をしたこともあった。ローラの方が書き込まれていない分、印象的なんだ」

──別役さんがベケットの影響を受けているように、つか(こうへい)さんは別役さんの影響を受けていますよね?
「喜劇的な部分かな。つか君が書いた『ゴドーを待ちながら』のパロディ、『松ヶ浦ゴドー戒』は面白かった。自分の時代はまだベケットを神聖視していたので、ああいうのは書けなかった」

──でも、その後、別役さんも『やってきたゴドー』を書きます。ゴドーはやってくるが、誰にも認識されず、誰にも歓迎されず、去っていく。あのアイデアはどこから?
「ベケットからどう逃れるかを考えたら喜劇しかない。喜劇として読み直し、そこを強調してみた。それからベケットを普通に扱えるようになった」

──海外での評判もいいですよね?
「正当に反応している感じ」

──また『象』の話に戻ります。前回と今回では見方が変わりました。震災後、別の意味を持ちました。登場人物が死者に思えます。
「前回も装置にはビックリした。得体の知れないニュアンスが出ている。従来の演出は室内劇だったが、深津君の演出は開放空間になっている。積み重なった古着にアウシュビッツの靴の山を思った」

──画期的な演出です。
「表現主義的な舞台は好きではない。深津君の演出は、ある意味、表現主義でもあるが、それだけではない」

──別役さんの作品が新しく見えてきました。ところで、今年、座・高円寺で上演された兵庫県立ピッコロ劇団の『不条理・四谷怪談』は別役さんにとって138本目の作品でした。鶴谷南北が137本書いていて、それを超えるということで『四谷怪談』を書かれたわけです。
「僕は一幕物が多いから。あと、書いてないと食えないし、書いても食えないし(笑)。でも、日本新記録ではない。北条秀司や菊田一夫はもっと書いている。日本人は貧乏性なんだな」

──その旺盛な筆力はどこから?
「筆が早いだけ。以前と比べると、随分遅くなった」

──でも、井上(ひさし)さんのように初日ギリギリというわけではないですよね?
「井上さんのあれも、ひとつの腕力だと思う。質を落とさない自信があるからできること」

──ひとつの作品をどのくらいで書きますか?
「とにかく毎日書く。一行でも書く」

──書く時には構想はまとまっているのですか?
「まとまってない。だいたい30枚くらい書けると、見通しがつく」

──決まった劇団に書くことが多いですが、当てて書きますか?
「そうしないようにしてても、当ててしまう」

──以前は喫茶店で書いてましたよね?
「少し気が散る方がいい。集中し過ぎると駄目。夾雑物があった方がいい」

──どういう喫茶店がいいですか?
「名曲喫茶。あとは、ルノアール。とにかく、喫煙できるお店。でも、病気のこともあって、今は喫茶店では書いていない。タバコもやめた。医者にこのままだと酸素ボンベを背負うことになるからと言われて」

──やめてどのくらい?
「1週間(笑)。食べ物が美味しくなった」

──お酒は?
「飲まない。飲むと体力を使うので」

──別役さんの戯曲は三一書房が定期的に出版していましたが、労働争議が起きて途絶えてしまいました。他で出版するのは難しいのでしょうか?
「戯曲の出版は難しい。王国社(?)でも出したりしたが、営業的に厳しい。日本劇作家協会のオンデマンド出版で『マッチ売りの少女』を出したが、これからはオンデマンドで広めていくのもいいのではないか」

──別役さんはラディカルな方ですが、それが作品にストレートに反映されていません。
「何かを主張するより、主張すべき事柄を形にする、我々の日常生活でどのように形作られていくかを描く、そちらの方を優先する。そうしないと、芝居の純度を薄めてしまう」

──確かに、是非をつけるようなことはしませんね。
「実際に起きた犯罪を書くことも多いが、今になってみると、連合赤軍のリンチ事件は書くべきだったかも。当時は形にならなかった。芝居の手触りが見えてこなかった。事件に対する反応が遅いのか……。最近の尼崎事件(兵庫県尼崎市を中心に、複数世帯の家族が被害者となった連続殺人事件)などを見ると、連合赤軍の永田洋子との連なりを思えてならない。柳田邦男が言う“妹の力”に通じる。これからでも書きたい。固まりそうな予感はある」

──ぜひ書いてください。今後はますます笑いが増えていくのでしょうか?
「笑い=批評行為。楽しむことは必要。『象』で言えば、おにぎりの要素」

──おにぎりのシーンは傑作ですね。おにぎりと同じように、あそこで喜劇へとひっくり返りました(〈病人〉は〈妻〉に向かって、おにぎりはテッペンから食べて、具が出てきたらひっくり返し、今度はお尻の方から食べるのが順序だと説く)。どういうところから出てきたのでしょう?
「どこから出てきたのかは不明。夫婦の日常生活。些末なことを一生懸命やるのが好き。たぶん、そういうものに関心があった」

──今回のプログラムにタイトルが意味するものを書いてますよね?
「何となく『象』になった。はっきりとはわからない。そのへんのことを、今回は正直に書いている」

──別役さんとの対談でつかさんも話題にしてましたね。
「そうだった。象皮病からの想像もあったかな」

──以前、青山円形劇場でケラリーノ・サンドロヴィッチが演出した『病気』は、一際、面白かったですね。別役さんも客席で爆笑していたとか。
「刺激になった。あれで不条理劇は喜劇なんだと吹っ切れたところもあった」

──今、何か書いてますか?
「書いてます」

──どんな話ですか?
「まだ30枚になっていないので、わからない。街角物の一種ではある」

──手書きですよね? 別役さんは、昨年、パーキンソン病を公表しましたが、病気の影響はありますか?
「まだ大丈夫。足にはきてるが、手はまだきてない。ただ、だんだん台詞が短くなっている。原稿用紙に水性ペン。万年筆は力が弱くなったので、もう駄目」

最初と最後に登場した宮田慶子芸術監督が、演劇少女そのままに、別役氏への憧れを語っていたのが微笑ましかったです。

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