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2017年8月27日 (日)

八月納涼歌舞伎 第三部

2017年8月9日(水)〜27日(日) 歌舞伎座
http://www.kabuki-bito.jp/

私の観劇の基礎を培ってくれたのは野田秀樹。私が最も苦手とする歌舞伎役者は十八世中村勘三郎。だから、野田と勘三郎がタッグを組んだ野田歌舞伎(『野田版 研辰の討たれ』『野田版 鼠小僧』『野田版 愛陀姫』)には、いつも葛藤がつき纏っていた。でも、その勘三郎も今はいない……。

『野田版 桜の森の満開の下』

[作・演出]野田秀樹(坂口安吾作品集より)
[美術]堀尾幸男 [照明]服部基 [衣裳]ひびのこづえ
[美粧]柘植伊佐夫 [音楽・作調]田中傳左衛門 [附師]杵屋巳太郎
[作曲・効果]原摩利彦 [音響]zAk [振付]井手茂太 [立師]渥美博

耳男:中村勘九郎
オオアマ:市川染五郎
夜長姫:中村七之助
早寝姫:中村梅枝
ハンニャ:坂東巳之助
山賊 ビッコの女:中村児太郎
アナマロ:坂東新悟
山賊 左カタメ:中村虎之介
同  右カタメ:市川弘太郎
エナコ:中村芝のぶ
マネマロ:中村梅花
青名人 後に 仕事の青鬼:中村吉之丞
マナコ:市川猿弥
赤名人 後に 仕事の赤鬼:片岡亀蔵
エンマ:坂東彌十郎
ヒダの王:中村扇雀

本作は、勘三郎が生前、野田と歌舞伎化を約束していた作品。勘三郎のふたりの息子、勘九郎と七之助に、染五郎、亀蔵、彌十郎、扇雀といった野田歌舞伎お馴染みの面々(三津五郎と福助の不在が切ない)、さらに、梅枝、巳之助、児太郎、新悟、虎之介といった若手たちも加わり、満を持しての上演と相成った。

ちなみに、元々のタイトルは『贋作(にせさく)・桜の森の満開の下』。坂口安吾の小説『夜長姫と耳男』『桜の森の満開の下』を下敷きに、その当時、野田が主宰していた劇団 夢の遊眠社に書き下ろした戯曲。初演は1989年。

再演の映像を繰り返し観たせいか、スピード感の欠如は否めず。台詞を七五調に変えたのは、それほど違和感なし。あ、でも、「いやぁ、まいった、まいった」から「いやぁまいった、まいったなぁ」への変更だけは受け入れ難し。あのリズムが好きだったのよ。

歌舞伎役者が巧いと思うのは、役の位取り。常日頃から、役柄としての品格や雰囲気といったものを大切にしているわけで。今回で言えば、オオアマの染五郎とか、ヒダの王の扇雀とか。こういうところで作品に厚みが出る。

耳男の勘九郎。観る前は、また勘三郎そっくりなんだろうな……と、気が重かったンだけど、案に相違して似てなかった。いや、似てることは似てるンだけど、口跡よりも身体の使い方に顕著だった(勘三郎の白痴的な口跡が苦手だったので、ほんっとに助かった)。

七之助は狂気の姫様がよく似合う。初演と再演で夜長姫を演じた毬谷友子に勝るとも劣らず。声の振幅、特に、童女のような可憐な声は今ひとつだったものの、その代わり、身体能力の高さはさすが歌舞伎役者!

化粧のせいか、オオアマの染五郎が再演の若松武に激似で驚く。
早寝姫の梅枝、ハンニャの巳之助、エナコの芝のぶが印象に残る。
マナコの猿弥もよかったけど、彼の場合、できて当たり前だからな。

夜長姫と耳男の恋物語を軸に、国家の形成、権力者とまつろわぬ者、芸術家の有り様、野田の安吾へのrespectなどが幾重にも交錯し、最後に帰着する殺し場の、その妖しさ、その美しさ。惜しむらくは、ベタな音楽(ジャコモ・プッチーニのオペラ『ジャンニ・スキッキ』から「私のお父さん」と ウェールズ地方の子守唄「Suo Gan」)。正直に言うと、野田は音楽のセンスがイマイチなんだよね。

夜長姫の末期の台詞──好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ……中略……いま私を殺したように立派な仕事をして──が、野田から勘九郎と七之助へのエールのように、私には響いた。

カーテンコールは当然のようにスタンディングオベーション。客席で観ていた野田が呼ばれ、田中傳左衛門が呼ばれ、全員で座礼をしてみたり。NODA・MAPの公演ではいつも野田がひとりでしているので、全員となるとかなり壮観。

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