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2018年2月12日 (月)

ハンブルク・バレエ団 2018年日本公演『ニジンスキー』

2018年2月2日(金)〜12日(月・祝) 東京文化会館
http://www.nbs.or.jp/

[音楽]フレデリック・ショパン、ロベルト・シューマン、ニコライ・リムスキー=コルサコフ、ドミトリー・ショスタコーヴィッチ ※特別録音による音源を使用
[振付・装置・衣裳]ジョン・ノイマイヤー

ニジンスキー:アレクサンドル・リアブコ
ロモラ:エレーヌ・ブシェ
ブロニスラヴァ・ニジンスカ:パトリシア・フリッツァ
スタニスラフ・ニジンスキー:アレイズ・マルティネス
ディアギレフ:イヴァン・ウルバン
エレオノーラ・ベレダ:アンナ・ラウデール
トーマス・ニジンスキー:カーステン・ユング
タマラ・カルサーヴィナ:シルヴィア・アッツォーニ
レオニード・マシーン:リロイ・ブーン
幼少期ニジンスキー:マリア・フーゲ
精神科医:ダリオ・フランコーニ

【ダンサーとして役を演じるニジンスキー】
『謝肉祭』のアルルカン:ヤコポ・ベルーシ
『ばらの精』:ヤコポ・ベルーシ
『シェエラザード』の金の奴隷:マルク・フベーテ
『遊戯』の若い男:リロイ・ブーン
『牧神の午後』の牧神:マルク・フベーテ
ペトルーシュカ:ロイド・リギンズ
内なる世界でのニジンスキーの象徴、ニジンスキーの影:アレイズ・マルティネス、コンスタンティン・ツェリコフ

本作は、1919年1月19日、スイスのサンモリッツにあるスヴレッタ・ハウス・ホテルのホールから始まる。今まさにヴァスラフ・ニジンスキーが、自ら『神との結婚』と呼んだ公演を行おうとしている。振付(装置と衣裳も担当)のノイマイヤーはこの場面を忠実に再現しつつも、「振付は、この最後の公演中にニジンスキーが抱いた思考、記憶、幻を視覚化したものである」と語っている。

ただ単にニジンスキーの人生を描くのではなく、彼の心象風景を第一次世界大戦を通奏低音に描いたところが、とにかく巧い。かつての師であり愛人でもあったディアギレフ、父母と兄と妹、妻のロモラ、自身が踊ってきた役柄の数々、新たな表現方法を模索し生み出した作品の数々、そして、斃れゆく兵士たち……。

終盤の黒と赤の布は、ディアギレフとロモラのmetaphorであり、戦争と芸術のmetaphorでもあるのだろう。そして、それらに雁字搦めになってしまったニジンスキーは、ひとり、狂気の世界へ去っていく。

2016年のガラ公演で抜粋を観た時の方がヒリヒリきたというか、今回は「それにしても、よくできた作品だ〜」という思いが先に立ってしまった。それはたぶん、私の環境が2年前とは大きく違ってしまい、ささくれ立った心がフィクションの世界の甘美さに身を委ねることを拒否した、ということなんでしょう。斯様に舞台芸術は観る側の生理にも大きく影響されるわけで、これはもう仕方のないことなんだな、と。

あと、『シェエラザード』が流れる度に、これまで観た様々なダンサーが思い出されて(言わずと知れたミハイル・フォーキンの振付ね)、そっちに気を取られてしまったこともあるかな。ノイマイヤーの意図はわかるけど、舞台に集中するのは難しかった。

以下、記憶に残ったことを簡単に。

ロモラのブシェが出産後の体型を戻しきれてなくて、衣裳によっては妊婦に見える。でも、それが却って不思議な効果を生み出していて、妙に説得力があったり。

ニジンスキーのリアブコは、今回もまた、リアブコがニジンスキーか? ニジンスキーがリアブコか? ってくらいの憑依ぶり。幕切れ。リアブコの息遣いだけが響き渡る中、静々と幕が下りていくその瞬間、観客は彼を通してニジンスキーと交感していたに違いない。

仕事柄(ミュージシャンのマネージメントをしてます)、才能を見出す者と見出される者との関係に思いを馳せる。とりあえず、恋愛感情が絡まるとややこしくなるよな。才能に惚れても、人には惚れるな、ってか?

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